料理は放っておく勇気が大事

こんにちは~、アーティストchiguです。

手織り、手紡ぎ、刺繍などしております。


久しぶりに天然酵母を起こして(ホシノちゃんです)パンを焼いた。

気温が上がってきたからね。

実はとても上手に焼けて、かなりご満悦である。

ライ麦入り。

ぐ~っと膨らんで、クープはぱっかり、そしてクープのふちの焦げ目も美味しそうだ。

見た目だけはなくて味もかなり良かった。

風味があって粉の甘みのようなものがしっかり感じられる。

中はちょっともっちりのややしっとり。

皮はちょっと厚くなったけど、美味しさを邪魔するものではない。


何年かパンを焼いてみて私なりに分かったコツは、「何回かやってりゃ、なんとなく塩梅が分かるよ」ということと、「多少、時間がずれたりなんだりしたって、たいした影響はない」ということだ。

なんというか、力を抜いて、なんだったら放っておいたらまあまあに出来た、くらいの関わり方が一番だ。

気負わないこと。

料理だって長年の「家ごはんLOVE派」の経験から言えば、日々のお家ごはんくらいのレベルの話だとそんなにいじりまわさない方が上手くいく。

つい先日、人気でたくさん料理本を出しているタサン志麻さんの本を借りて見せてもらったら志麻さんが同じようなことを言っていて、「そうだよね~」と嬉しくなった。


パンを焼き始めた頃はこまごまと色んなことを気にして、しょっちゅうチェックしたり、温度を安定させる方法を考えたり、情報をいろいろ調べてみたりした。

パン焼きってすごく繊細だ・・・と思ってた。


のが、ある日テレビで、イタリアの女性がものすごくでっかい桶のようなものに粉や水をメモリもなにもついていないカップでどんどこ入れて、ぐるぐる混ぜて発酵させ、巨大かつ適当なかたちに丸めて薪の窯で焼いているのを見て、衝撃を受けた。

たしか1週間分の家族が食べるパンを焼いている、という説明だったと思う。

見るだけだから味は分からないけれど、美味しそうなパンが次々と窯から出てきた。

外がパリパリしていて、あまりふっくらとは膨らんでいない、素朴なパン。

明らかに目分量で、薪の窯だから温度だって分からない。

え、それでもパンって焼けるんだ・・・かっこいいな~、と思ったね。


パン屋さんでいつも安定したフカフカパンを一定量供給するわけじゃないんだから、まあ、てきと~で大丈夫なわけよね。

よほどのことがなければ失敗という程のことは起きない。

私も経験を重ねるごとに、なんとなく、の感覚が分かるようになって、今となっては「気にしないのが一番うまくいく」と確信している。

さすがに分量は量るけど、発酵の時間はまったく気にしてない。

一次発酵は冷蔵庫の野菜室で数日放っておいて「おお、いつの間にか膨らんだね」って程度、自分が焼ける日だから焼くっていうタイミングの決め方だし、二次発酵は室温で、機織りをしながら、たま~に様子を見るくらいだ。

そのリラックス感と「放っておいても酵母ちゃんたちがやってくれてるから」という信頼感が酵母に伝わるのではあるまいか・・・ってのは分からないけど、そのくらいの心積もりが程よいのは確かだ。


パンを焼くのは楽しい。

酵母と共同作業だと自覚して、私が頑張りすぎないくらいだと、なお面白い。

今のところの私のパン焼きはそんな風。

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