目で見ましょう、と言われたこと

こんにちは~、アーティストchiguです。

なんと今日ふたつめの記事なのだ。

忘れないように書いておこうってことで。


昨日の昼、白チワワのおちびと散歩に出た。

いちばん気温の高い時間を狙って。

風は無く、日差しはあって、天気予報で見て想像したよりずっとあったかかった。


歩道の広い高架橋があって線路を見下ろしながらのんびり歩く。

高架橋を進んでいくとジョギングや散歩コースに利用される湖(池なのか?)に行ける。

湖まではまだ。

というところで、おちびがにおいを嗅ぐのに付き合って立ち止まる。

湖面に光がちらちら舞っていて

その周りの樹木の赤や黄色の葉っぱが重なりあって

何もかもがやけにキラキラしている。

ありゃ~、なんかすっごくきれいだ。

こういう瞬間ってあるんだよな。

めったにないわけでもなく、しょっちゅうあるわけでもない。


ひょっとして、今、いちばん美しいものを目にしているのかも知れないって瞬間。


それはすぐに過ぎてしまう。

ほんの数秒で光の当たり方が変わって色もちらちらも変化していくから。


カメラを持っていればな、と思った。

でもすぐに、いや、こういうときって持っていない方が良いんだろうな、と思い直した。


高校生の頃だっけ、英語を個人で教えている先生について勉強させてもらった時期があった。

女性の先生で、そうたくさんお喋りをしたりしたわけじゃなかったけれど

語学を学ぶ楽しさをしっかり教えて頂いた。

どうしてそんな話になったのか忘れてしまったが今でも何度も思い出す言葉がある。

海外旅行に行くときにはカメラを持って行かない方がいい、と言われた。

カメラを持って行くと写真を撮るのに夢中になってしまう。

でも自分の目で見た方が良い、と。


結局のところ私はカメラが手放せない生活になっているものの

だからこそなのか、

その言葉の持つ意味は年を経るごとに実感として自分の中に浸透してきている。

ただ、見ること。

それにしっかり向き合える瞬間て人生に何度あるだろう。

ただ、自分の目で見る、その行為に詰まったたくさんのものを受け取る豊かさを

私たちは何度感じることが出来るだろう。


今の私にとってはカメラをあえて持ち歩かないというのも不自然だし

かと言ってどんな瞬間も逃すものか、と持ち歩くのも煩わしい。

たまに「カメラを持っていれば良かったな」って思う、そのくらいが良いのかも知れない。

そのとびきりの一瞬、ただ見るしかない、そんな経験を与えてもらえる。


昨日はそんなことがあって、今日、この自由帳に書きたいなって思っていた。

だから、写真は、無い。

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