情けない話、でも正直な話

こんにちは~、今日はいつもと違うペースで動いているchiguです。

相方は社員旅行で昨夜から留守。

だからイベント的にいつもと違うリズムで過ごしてみよう~という感じで

起きるのは遅かったし

朝イチに白チワワのちびナナたんの散歩をするのも後回しにしたし

朝ごはんもいつもと変えたし

月曜恒例の中掃除だってちょっとてきとーにしてみた。

私は相方と一緒に過ごすのが好きだから、いないと、まあ、寂しい。

寂しいのを、イベントにしてやり過ごす。

それで今日みたいな過ごし方をしてみる。

ナナたんが膝にのって丸くなっていて、その体温やふわっとした重さを感じているところ。鼻先の湿り気も。


あ、まずは昨日載せなかったけど気に入った写真を追加しておこう。


さて、今日の話題。自分のなかで解消できない「情けない話」を書いてみる。

勇気が要る。長くなる。

わざわざ書く必要なんて無いともよぎる。

読んでくれる方だって、こんな話、聞きたくないんじゃないかとも思う。

ネガティブで、美しくも楽しくもない話。


でも、このブログでは正直な自分でいようと決めているから、

自分にはそんなもの無い、みたいなかっこつけ態度をとらずに、今困っていることを正直に書こうと思う。


簡単に書くと、1年くらい前、数年来の付き合いの「友人」に、メールで言われたことが気になって頭から消せないということ。

消しゴムでこりこりとこすって消せたらいいのにな~と思ってる。

言われたことそのものだけではなくて、それをいつまでも思い返す自分も、思い返してはぐちゃぐちゃ考える状態も、全部嫌で、消したい。


友人にわざわざ「」をつけたのは、今は友人とは言えないし、それまでもそう思っていただけだったのかもな、と感じてるから。

友人ではなかったのかも。お互いにどうも無理のある付き合いをしていただけで。


さて、ここからが本当に勇気がいる。

前もって断固としてお伝えしておくけれど、何もその人を責めたくてこの文章を書くのではない。ぜんぜん、そうではない。

公開しているブログにこんなこと書いてごめん、と思う。たぶん読むことはないだろうと思うけど、読んだらすごく嫌な思いをすると思う。

でも、ごめん、書くよ。

まるっきり自分のために、書く。あなたに気を使って隠すようなことをせずに。


何を言われたか、ね。

私の作品について「似たような作品をiichiでもっと安く売っている人を見た」「同じような手法の海外製のヘアピンを買ったけど1000円くらいのものだった」「細部にこだわりがあるんだろうけどそこまでしない安いものでも十分役割は果たすと思う」「要するに、あなたの作っているものは、器用な人になら誰にでも作れるってこと」「売ろうとするからそうなっちゃうんじゃないか」とのことだった。

今、冷静に書いているつもりでも、ちょっとクラッとくる。悲しくて腹を立てているんだと思う。

メールには続きがあって、「あなたが彫金のころに作っていたような世界観を取り戻してほしい」みたいなことが書いてあった。

つまり、悪いつもりではなくて何かその人の思う「良い方向」へ導こう、というようなことか。


確か、はじめにが~んと傷ついた。

うすうすその人が私の刺繍ジュエリーを良く思っていないことは感じてたけどさ。

で、私は頭にきて傷つきながら「なんでこんなこと言うんだろう」→「この人は自分のために言ってくれてるんだろう」と解釈しようとした。

”そんなことで腹を立てる小さい自分”というのがカッコ悪いから、良い方に解釈しようとしたり、それを受け止める自分になろうともした。

一方で「ちゃんと腹を立てよう」と試みもした。

怒りを直接ぶつけて思っていることを伝えたらすっきりするかな、と何度も思った。

けれど、生じるであろうやり取りを想像するとげんなりしてそれもしなかった。

それまでの付き合いから、思いをぶつけたところでその人から戻ってくるのが「そんなつもりじゃなくて」の繰り返しで私の知りたいことは聞けないままであろうことは分かりきっていた。

それを深めれば相手が傷つくところ追い込むだけ、とも思ったし、そんなことを負いたくもなかった。今もそう。

結局、面倒くさくなった。


その後その人とは、もうちょっと色々あってから、付き合いをやめた。

考え方が違うだけではなくて、一緒にいて話を聞くのが苦痛だった。その人が無自覚に撒き散らすものは、私には気分の良いものではなかった。


後で考えてみると、その人が私にそういうメッセージを伝えてきたのは、本当は私とは関係なくて、その人自身の問題だったと思う。

実のところ、その人は私の作品を直接ちゃんと見たことは無かったのだ。刺繍ジュエリーの展示会を見に来たこともなく、ネットでちょこちょこ見ては「ありものを組み合わせただけ」「写真がきれいで素敵な文章をつければ良いってものではない」「売ろうとばかりしてる」といったことを気を使った文章でたまに伝えてくるだけだった。更に言えば、その人が評価してくれた「彫金の作品」だって、その人は数点見ただけだ。

つまりね、私の作品のことをその人はよく知らないわけ、本当はね。

私はその人が「きちんと創作に向き合っている人」と信じていたから、その人に認めて欲しい気持ちは強かったと思う。

そしてそうならないことが息苦しかった。

その人に認めて欲しい気持ちって、けっこう長いこと私の足かせだった。今思うとね。

とにかく私は「そういったメッセージひとつひとつは、私に向けられたものではなく、多くの批判がそうであるように、何かしら自分の抱えているものが映し出され漏れ出てしまったのだろう」と結論を落ち着けて、自分とは関係ない、だからもういいんだ、ということにした。

それに私は自分の作品が好きだし美しいと思っている、ひとつひとつ魂をこめて作ってきた。

そしてその私の作品を好きで愛でて下さるお客様がたくさんいるというのに、こんなことを気にするなんて、と。

頭のなかでは、まあ、そんな感じにきれいにまとめた。

残念、私はまだそのことを何度も反芻して、わざわざ傷ついたり腹を立てたり、すれば良かった反論を自分の中でしたりしている。

そしてそんなことやめたいと思ってる。

やめるために色々試みたけれどやめられないから、いっそ消しゴムでそのあたりのことを消したいのだ。

ブログにこのことを書いて、いつもはハッピーハッピーそうにしてるくせに、ほんとは小さいことでこちゃこちゃいつまでも悩むちっこい奴、と思われるのが嫌。

だって心の広いカッコいい自分でいたい。いつも明るくてハッピーな自分だと思いたいし思ってほしい。

何よりも、こんなことを言われたってことを知られることが嫌だと思ってきた。大事な作品がこんな風言われ方したのが恥ずかしい。それを知られなくない、自分のなかにしまっておきたい。

そしてこの記事をその人が読んで傷つくことを恐れてる。「個人的なやりとりを公開記事に書くなんてひどい」とか。自分は人に酷いことをしない、心が広くてカッコいい「何も言わずに許せる自分」でいたいから。

その人に自分は本当はものすごく傷ついたと分かって欲しい自分が嫌。それを言えないのにそう思ってる自分が。そう思っているのにそれが言えない自分が。

もうひとつ、ひどいことがある。

その人に怒りをぶつけなかった最大の理由はきっと、「この人と同じ土俵に立ちたくないや」とすることで自分のプライドを守ったこと。相手を下げて、自分を守ったってこと。


はあ、疲れた。書いてて疲れたな。

でも皆さんに読んでもらおうと覚悟して書くと、これまでより色々浮かんできたな。

これがさ、ノートにこっそり書いたんじゃだめだったのよ。なんかね、向き合いきれないの。

でも読んでくれる人に知ってもらおうと思って書いていると、自分が思っているよりずっと深く自分の気持ちを知れた。


自分自身が、こんな自分を公開記事に書くと、どうなるのかな?!

後悔する?すっきりする?やっぱりもやもやし続ける?

今までだったらぜったいぜったいこんなことしなかったなあ。

まあ、自分に正直でいるために、やってみよう。

今の私に困っていることがあることを、書いておこう。それが情けない話でも。

相手に悪いな~っていう、自分のモラルに反することでも。

あ、付け加えておくとね、決してその人のことは嫌いになったわけじゃない。

さすがに好きだって言うのはしらじらしい。でも全部が好きじゃないわけじゃないと思うよ。

今のところ、どうにも話すことは苦痛なのでもうやりとりはしなくていいやってことなの。

ただ、ふとその人が一生懸命やっていることを知った時があって、それは純粋に嬉しかった。「あ、やってるんだな」って。

そしてそれ以上知りたい気もあまりしない。気になるときもあるけど。いろいろ。

その「いろいろな」気持ちこそは、今の自分のうまくいっているところ、そうでないところと関係のある感情なんだと思う。相手と関係なく。

だから向き合っていかないとな。そのために、やっぱり正直でいて、勇気も出して。

正直って大変だね。エネルギーが要る。

ちゃらっと「今日も楽しかったです」って書く方がずっといい。

でも、それが本当に心の底から感じた正直なことではないと、それもまたもやもやのもとになる。

だから大変でも、やってみよう。えい、ぽちっと公開!

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