服のお直し、その後

こんにちは~、アーティストchiguです。

手織り&手紡ぎ、そしてオートクチュール刺繍を手掛けております。


8月にお気に入りの革ジャンとジーンズをお直しに出したという記事を書いた。


本日はその結果のご報告。


2点ともとても満足な仕上がりで戻ってきた。

革ジャンのぼろぼろだったリブは

新しいリブに付け替えられ


デザイン上、膝に来るべきパーツが、足の長さの問題でスネに来てしまっていたものが(とほほ)


上の切り替えのデザインを巧みに使って膝部分をちゃんと膝まであげて頂けた。

結果、びしっとぴったりのジーンズになった。


ものを作り出すことというのはうまくすればけっこう注目されやすい。

作家とか、デザイナーとか、アーティストとか、業績と名前が横並びで世に知られることもよくある。


一方で直しの仕事は表に出ない職人さんの手で行われる。

古い建造物や芸術作品の修繕、歴史に残る文化的な品々の修繕、

今回のような日常的に使う大切な被服や靴のリペア、家具や楽器だってそうだ。


今年はギターに続いて服と、リペアマンとの縁が続いた。

期待に応えるべく、の、誠実な仕事ぶりと高い技術に感動してしまった。

店のカウンターで直し方のご相談をしながら想像したのだけれど

人さまの大切な衣類を預かって、それなりに頑丈に作ってあるものを一度解いて、

必要な手を加えて、またもとの姿に戻す。

これって新しくものを作るより本当に大変なことに感じる。

責任の重さがぜんぜんちがう。

今までそんな風に想像してみる機会が無かったけれど

自分のしている「作ること」と比べて考えたらものすごい世界だ。

大切なものをまた使える、それを実現して頂いたことに

本当にお世話になりました、という気持ちになった。


世界の「大量生産、大量消費」の高速回転は

未だ続いてはいるけれど回転数は少しだけゆっくりになっているように見える。

身近なところでは「便利で安い」衣料品や生活用品店の拡大ぶりにはものすごいパワーを感じるけれど

一方で、方向性がまったく違う、「少量の良いものを見合った価格で提供する」スタイルの生産も

手掛けようとする人や企業が目立つようになっていると思う。

それも、これまでの、「一部の人に向けた誰もが知っている高級ブランド品」ではなく

価値観に共感する人の手に届けば良いというひっそりとしたスタイル。

バランスの問題で、どちらが良い悪いという単純なことではないにしても

大量消費の高速回転はもうちょっと落ち着き、

良いもの、そしてとても気に入るものをしっかり選んで長く使う、

という割合が増えても良いのではないかと思う。

これについては話が逸れる上に長くなるから、また後日。



とにかく、上記の条件で「とても気に入ったもの」を少数で持つとなると

必ずそのアイテムの寿命、という問題が出てくる。

今回のように革アイテムの革部分は長持ちしても先に別素材のリブが痛むというのはよくあることだ。

よくあるのだけれど、それを直せるところがよくあるとは限らないのだ。

部分的に直すことさえできれば、また何年も着られると言うのに。


時期を同じくして、実家の母が、大切な家具をお付き合いのある小さなお店で直して頂くことが出来た、

ということが重なったこともあって

リペアの仕事の貴重さ尊さをますます痛感したのだった。

ね、リペアのお仕事って、ひょっとしてこれからものすご~く注目されないかな。

表舞台には顔を出さない、でも職人芸の繰り広げられている世界。

私からするともう、本当にカッコイイよ。


今回のお直しの体験は

単なる生活する人間としても、ものを作って販売する仕事をしている身としても

なんだかとても深かったなあ。

そしてとても素敵な体験だったなあ。

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